2026

Nov

06

いいねは、記憶ではない。──System1らの「Creator Effectiveness Playbook」を、“頭の中のブランド”から読み直す

ABC Reading 03 アイキャッチ:“…from attention to Brand Memory.” Andrew Tindall, System1 — The Creator Effectiveness Playbook / 反応は、記憶ではない。

ABC Reading #03
System1 × WPP Media × TikTok / The Creator Effectiveness Playbook(Cannes Lions 2026)

クリエイター施策の報告会で、スライドに並ぶのはだいたい同じ数字だ。再生数、いいね、コメント、保存、そしてエンゲージメント率。数字が大きければ会議は和やかに終わり、小さければ次はもっとフォロワーの多い人を、という話になる。

けれど、その場で誰も確かめていない問いがひとつある。この動画を見た人は、一週間後にこのブランドを思い出せるのか。

2026年6月25日、カンヌライオンズのRotonde Stageで、System1のチーフ・グロース・オフィサー、アンドリュー・ティンダルはまさにその問いに答えるデータを示した。WPP Media、System1、TikTokの三者による共同研究「The Creator Effectiveness Playbook」である。8か国で配信されたTikTokの有料広告1,217本(うちクリエイター広告620本)、延べ236億インプレッション、約18万3,000人の視聴者の反応を、プラットフォーム上のブランドリフト調査と突き合わせたものだ。

結論のひとつは、拍子抜けするほど単純だった。エンゲージメント率は、ブランドが記憶されるかどうかと、ほとんど関係がない。

物差しの取り違え

研究が成果指標に据えたのは「Brand Memory Lift」。ブランド認知のリフトと広告想起のリフトを2対1で合成した、いわば「後で思い出してもらえたか」の指標である。

分析された1億2,960万件のエンゲージメントのうち、エンゲージメント率とBrand Memory Liftの間に有意な関係は見られなかった。エンゲージメント系で最も説明力があったのはコメントといいねの比率だが、それでも説明できたのは11.3%。一方、後述する「クリエイティブの質」は54.6%を説明していた。

引用されたWARCの2025年の調査によれば、クリエイター施策の44%はKPIを持たずに運用され、38%はROIやROASだけで評価されているという。測りやすい反応が、測りたいはずの記憶の代わりに置かれている。TikTokの計測責任者シャーロット・スコルニクの言葉は端的だ。“engagement rate doesn’t build brands”。

二秒で、名乗る

では何が記憶をつくるのか。研究はクリエイティブの質を二つの要素に分解している。感情を動かすこと。そして冒頭2秒以内に、それが何のブランドかが伝わること(アーリー・ブランディング)。

感情反応の強いクリエイター広告は、弱いものの2倍以上のBrand Memory Liftを生んだ。冒頭のブランディングが強い場合、クリエイター広告のリフトは196%に達し、ブランド自身が制作した広告の47%を大きく上回った。それなのに、最初の2秒に一つでもブランドの手がかりを入れていたクリエイター広告は61%にとどまる。音と映像の両方で手がかりを示すと早期認識は53.1%、映像だけでは25.7%。2秒間に置く固有アセットは2〜4個で効果が頂点に達し、それ以上は逆に下がった。

「クリエイターらしさを損なわないよう、ブランドは控えめに」という現場の作法は、少なくともこのデータの上では、記憶を手放す選択だったことになる。

有名さより、似合うこと

研究はクリエイター選定の軸として、知名度(Creator Fame)と、ブランドがその人の世界に自然に居場所を持てるか(Brand Fit)を比べている。より強い予測因子だったのは後者だ。Brand Fitが平均を上回ると感情反応は58%、注意は17%高まった。知名度が平均を上回った場合は、それぞれ23%と10%である。

しかも、フォロワー数は知名度の代わりにすらならなかった。各層の内部で認識率のばらつきが大きく、フォロワーが多いことと、視聴者に「知られている」ことは別物だった。大きな声よりも、文脈の合う声。ブランドが後から貼りつけたように見えた瞬間、どれほどの有名人でも記憶はつくれない。

少数の傑作と、多数の凡作

もうひとつ見逃せないのが、成果の偏りである。上位20%のクリエイター広告が、クリエイター広告全体のBrand Memory Liftの45%を生み出していた。ブランドが自ら制作した広告の平均を上回ったクリエイター広告は、わずか29%。WPP Mediaのジョシュ・ゴーネルは、例外的な少数が、振るわない多数を引き上げている、と表現している。

差を生んでいたのは、偶然よりも設計だった。研究は、戦略(人間のどんな欲求に応えるか、どの世界を借りるか、そこでブランドが何を担うか)とブリーフ(どう表現するか)の二段階を区別する。指数化されたスコアで、戦略が強くブリーフが弱い場合は170、その逆は138、両方が揃うと198。良いブリーフは、良い戦略を代替できない。

情報の豊かさは、注意の貧しさを生む

ここで、半世紀以上前の言葉を補助線に引いておきたい。1971年、経済学者で認知科学者のハーバート・サイモンは、情報が消費するのは受け手の注意だと述べ、こう続けた。“a wealth of information creates a poverty of attention.”

サイモンの時代、希少なのは情報ではなく注意だと気づくことが洞察だった。いま私たちは、注意の奪い合いが過熱した世界にいる。広告業界はクリックからエンゲージメントへ、エンゲージメントからアテンションへと物差しを移してきた。ティンダルはこの研究を、会話をもう一歩先へ、アテンションから記憶へと進めるものだと位置づけている。

注意は入口にすぎない。奪った注意が、ブランドの名前とともに記憶へ置かれなければ、それは誰かの時間を少し借りただけで終わる。

ABCの読み方

まず、この研究をそのまま信じないところから始めたい。共同研究者にはTikTokが名を連ね、成果指標もそのプラットフォームのブランドリフト調査に依っている。クリエイター広告がブランド広告より記憶に効く、という結論には、当事者の期待が混ざりうる。数字は仮説として受け取り、自社の文脈で確かめ直すべきものだ。反証可能性とは、疑うことではなく、確かめられる形で持つことである。

そのうえで、私たちがこの研究に強く同意するのは、物差しの置き場所についてだ。ブランドは、画面の上ではなく、人の頭の中でつくられる。いいねは画面の上で起きる反応で、記憶は頭の中で起きる変化だ。前者がいくら増えても、後者が起きた証明にはならない。

だから問いは、どの数字を増やすかではなく、どの変化を起こしたいかから始まる。誰の頭の中に、どんな記憶を、どの2秒で置くのか。その記憶が起きたことを、何で確かめるのか。そこまでを事前に言葉にしておけば、クリエイター施策は「当たるかどうかわからない投資」から、検証できる意思決定へと変わる。

無数の投稿のなかで、記憶に残るのは少数の傑作だけだ。その少数を偶然に任せず、設計によって生み出すこと。たった一つの冴えたやり方は、たいてい、物差しを正しく置き直すところから見つかる。

(ABC Magazine 編集部)

参考