「より良い」より、「違う」を。──ロリー・サザーランドの警句を、反証可能性で読み直す

ABC Reading #01
Rory Sutherland / RESET 2026, Sydney
2026年8月、シドニー。オーストラリアのマーケティング団体MAAが主催するカンファレンス「RESET」の基調講演で、オグルヴィのロリー・サザーランドは、いつものように会場を笑わせながら、かなり物騒なことを言った。
広告会社は「プロセスがあるふり」をしている。実際には、試行錯誤と偶然と想像力のなかから重要な成果は生まれてきた。それを彼は、少々品のない言い回しで「当たるまで喋り続けること」だと表現した。
この発言は、クリエイティブの現場にいる人間にとって、痛快でもあり、少し危うくもある。痛快なのは、それが事実だからだ。危ういのは、その事実が「だから創造性は管理できない、だから信じてほしい」という甘えに転びやすいからだ。
ABC Reading の第1回では、このサザーランドの警句を、もう一段だけ深く読んでみたい。補助線に使うのは、20世紀の科学哲学者カール・ポパーである。
シドニーで語られたこと
講演の論点を、報道(B&T, 2026年8月7日)から整理するとこうなる。
広告に正式なプロセスは存在しない。プロセスを装うのは、調達部門があらゆる時間を直接的な成果に紐づけたがるからだ。
データは過去の記録であり、データ主導の意思決定は「前回やったことを守る」方向に傾く。
財務が測れるのは即時の取引価値であり、それは市場価値のおよそ3割にすぎない。指標を財務やプラットフォームに決めさせてはいけない。ブランドは、競合と自分を分ける独自の成功指標を3〜4つ持つべきだ。
メディアで使われる「70-20-10」を、創造性にも適用せよ。実績ある施策に70、有望な試みに20、純粋な実験に10。
そして結論として、「より良くあるより、違うほうがいい(It's better to be different than it is to be better)」。
どれも、サザーランドが『Alchemy』以来くり返してきた主張の延長線上にある。新しいのは、その矛先が「財務と調達への従属」という、業界の構造そのものに向いていた点だ。
「プロセスがない」は、敗北宣言ではない
ここで一つ、立ち止まりたい。
「良いアイデアは偶然から生まれる」と「だから検証できない」は、まったく別の話だ。前者は発見の文脈の話であり、後者は正当化の文脈の話である。科学史でも、仮説の多くは夢や散歩や雑談から生まれてきた。ベンゼン環の発見が夢の中の蛇だったという逸話は有名だが、誰もその仮説を「夢で見たから正しい」とは言わない。生まれ方は自由でいい。問われるのは、生まれたあとだ。
サザーランドの言う「当たるまで喋り続ける」は、正確には「当たるまで仮説を出し続ける」ということだろう。そして仮説であるならば、それは試される準備ができていなければならない。
反証可能性は、大胆さの側にある
ポパーは『推測と反駁(Conjectures and Refutations)』(1963年)で、科学を「大胆な推測と、その反駁の試み」の連なりとして描いた。
ここに、多くの人が見落とす逆説がある。ポパーにとって、良い仮説とは「当たりそうな仮説」ではない。むしろ逆だ。多くを主張し、外れる可能性が大きい仮説ほど、情報量が多く、価値がある。「明日は晴れるか、晴れないかだ」は絶対に外れないが、何も言っていない。
これを広告に置き換えると、景色が変わる。
前年比を数%改善する施策は、たしかに安全だ。だがそれは「晴れるか、晴れないか」に近い。外れにくい代わりに、ほとんど何も教えてくれない。一方で「このブランドは、カテゴリーの常識と逆のことを言ったほうが記憶に残る」という仮説は、外れるかもしれない。だが当たれば市場の見え方が変わり、外れても、私たちは顧客の頭の中について確かな何かを学ぶ。
つまり、反証可能性は慎重さの道具ではなく、大胆さを支える足場なのだ。サザーランドが求める「違い」と、検証の規律は、対立しない。むしろ、検証の規律があるからこそ、組織は大胆な仮説に予算を張れる。
財務の物差しと、残りの7割
財務の測る即時価値が市場価値の3割にすぎない、という数字の妥当性はさておき、その指摘の核心は正しい。測れるものだけを最適化すると、全員が同じ指標を追い、同じ答えに収束する。これは効率の問題ではなく、差別化の消失、つまりブランドの死の問題である。
ただし、ここでクリエイティブ側がとるべき態度は「測れないものを信じてくれ」ではないと私たちは考える。測れないとされてきた残りの7割に、測る方法を設計すること。ブランドが人の頭の中でどう想起され、どう選ばれているのか。その仮説を、反証できるかたちで言語化すること。
サザーランドが提案する「独自の成功指標を3〜4つ持て」という処方は、まさにここにつながる。自分たちだけの指標を持つとは、自分たちだけの仮説を持つということだからだ。
70-20-10を、仮説のポートフォリオとして読む
「70-20-10」もまた、予算配分の話として読むより、仮説の配分として読んだほうがおもしろい。
70は、すでに反証に耐えてきた仮説。20は、部分的な証拠がある仮説。そして10は、外れる可能性が高いが、当たれば世界の見え方が変わる大胆な推測。
重要なのは、10%の実験を「遊び」や「ご褒美」にしないことだ。それは組織が未来について学ぶための、最も情報量の多い投資である。だからこそ、何をもって当たり・外れとするかを、事前に決めておく必要がある。結果が出てから意味づけを変えられる実験は、実験ではない。
ABCの読み方
A Better Case は、「意思決定に反証可能性をもたらし、社会実装へとつなげる」ことを掲げている。この言葉は、ときに「データで慎重に判断する会社」と誤読されるかもしれない。だが、私たちの意図はその逆にある。
一流のクリエイターが持ち込む、常識から外れた一つの直観。それを「センスの話」で終わらせず、検証可能な仮説として組み立て、財務や経営と同じテーブルで議論できる言葉に翻訳すること。そうすることで、大胆なアイデアが、組織の中で生き残れるようになる。
「より良い」を積み重ねる競争は、いずれ誰もが同じ場所にたどり着く。私たちが探したいのは、まだ誰も立っていない、たった一つの冴えたやり方だ。それは偶然から生まれるかもしれない。けれど、偶然を偶然のままにしておかないことが、プロフェッショナルの仕事だと思う。
(ABC Magazine 編集部)
参考
B&T「Rory Sutherland champions being different, takes aim at industry's subordination to finance, procurement」(2026年8月7日)
Karl Popper, "Conjectures and Refutations: The Growth of Scientific Knowledge"(1963)
Rory Sutherland, "Alchemy: The Surprising Power of Ideas That Don't Make Sense"(2019)
